ブリキ職人 柳沢総光

掲載日:2013年07月17日

東京・葛飾区にある三幸製作所。東京でただ一軒残るブリキの工場だ。1948年(昭和23年)に創業したこの工場で、代表の柳沢さんはブリキのおもちゃを作り続けている。

代表の柳沢さん70歳を過ぎても現役!の柳沢さん

作業場でおもちゃ作りの行程について伺うと、想像を遥かに超える緻密さだった。

新しいデザインのおもちゃを作る場合、まずは木型を手作りするところから始まる。綺麗に色付けまでされていると、それがおもちゃの原型だとは思えないほど完成度が高い。そしてすごく可愛らしい。

木型の数々可愛い木型

その可愛らしい木型を元に、板状のブリキを絞るための型を作る。型が出来たらブリキを絞り「どこがどういう風に縮むのか」「ゆがみが出る所はどこなのか」など細かく確認していき、修正をする。修正した型ができたらまたブリキを絞り、不具合がないか確認をする。不具合がなくなるまで何度も何度もこの作業を繰り返し、やっと1つの型が出来上がる。

木型の数々ゆがみが分かりやすいように型には経線が沢山入っている

こうして時間をかけて型を完成させたところで、ようやく版の製作が始まる。柳沢さんの言葉をお借りすると「型があっての版」。型が決まらないと版は作れないそうだ。版も型と同様に、版が出来たらブリキを絞り、型からズレている所がないか確認し、ズレが無くなるまで何度も何度も修正を繰り返す。妥協は一切ない。

そのため、型と版が完成するまでには何ヶ月もかかってしまう。「新しいものを作る時は時間はかかるけど作れないものはない。」と断言する柳沢さんが頼もしく見えると同時に熱いプライドを感じた。まさに日本のモノづくりを支えてきた職人魂!

版型と版が揃ってやっとブリキを絞る行程に入る

型と版が完成したらあとはブリキを絞って組み立てるだけ…と思ったら大間違いで、型を変えながら何回かに分けてブリキを絞ったり、細かいパーツを1つ1つ作っていったり、ゼンマイや他のパーツを入れるための穴を空けたりと、いくつもの行程を経てようやくおもちゃが完成する。もちろん全て手作業だ。

金魚の根付金魚の根付も実はこんなに細かく行程が分かれている

ふと気になって何種類くらいの型があるのか訪ねてみたら「ギネス級」と即答だった。古いものだと昭和40年代から使っている型もあるそうだ。そのギネス級の型と斬新なアイディアの組み合わせで新しいおもちゃが生まれることもある。70歳を過ぎてもなお、新しいものを追い求める姿勢と作り続けるエネルギーには驚いた。

木型の数々型の数、ギネス級

そんなパワフルな柳澤さんだが、自分の代で工場を閉めてしまうそうだ。もちろん様々な事情があるだろうし、軽々しいことは言えないのだけれど、なんとかこのブリキのおもちゃを後世に残す方法はないだろうか。そんな思いを胸に、日本百貨店ではブリキのおもちゃを売り続けている。柳澤さんが作り続けてくれる限り、僕たちは売り続ける。柳澤さんは「型は財産」と言うけれど、型だけでなく全てが財産。その歴史も、そして子供たちがけがをしないように、最終工程で角を丸める繊細な心遣いも、そしてぶっきらぼうだけど熱い思いでモノ作りを続けてきた柳沢さんも。

優しくてまるい手触りのするブリキのおもちゃを、是非手に取ってみて欲しい。

(写真・テキスト/日本百貨店)


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