堀口切子 三代 秀石 堀口徹

掲載日:2013年10月29日

シンプルでモダンなデザインが印象的。堀口切子は日本百貨店がオープンした2010年から不動の人気を誇る。職人の堀口徹さんが不定期で行う店内での実演には多くの人だかりが。きさくな語り口で、堀口さん自身のファンも多い。1921年創業の堀口硝子で修業し、より「自分らしいものを作りたい」と、独立して「堀口切子」を設立したのが2008年のこと。

2008年、32歳の若さで三代秀石という名を襲名。切子界期待のホープだ。

自由な切子

堀口さんは江戸切子を始めてからわりと早い段階から、自身の創作によるオリジナル商品の試作を作り始めていた。プライベートで作るものなので変わったものやおもしろいものを作っていたそうだ。一例を写真で拝見させて頂いてその自由さに驚いたと同時に、伝統と格式の高い世界と感じられる江戸切子と自由な創作というものがどうしても結びつかず、「江戸切子って自由なの?」という疑問がわいた。それをそのまま堀口さんにぶつけたところ、とても自由度が高いことが分かった。

江戸切子の自由度が高い理由は2つあるとのこと。1つは実は歴史がそれほど深くはないということ。焼物や漆器が数百年、千数百年と続いているのに対して江戸切子は180年ほど。まだ作られたことのないデザインや施されたことのない加工が沢山ある。様々なことが試されて江戸切子の完成形ができあがるかもしれない。しかし今はまだ様々な創作が生まれ、試行錯誤の状態で、完成形ができあがるような時期ではないそうだ。

2つめの理由は伝統文化でありながら、芸術的な側面だけではなく、実際に売って買って使う、という商売が成り立っている。つまり“産業”としても成り立っているということなのだ。

変わっていくこと

産業としての側面が大事な側面だとすると、作るだけではなくその向こうに、使う人、買ってくれる人がいるということ。だから、時にはマーケットの要望やトレンドに合わせ、変わっていくことも必要になってくる。

「これなら欲しい」「親しみやすい」と思ってもらえれば使ってもらえるかもしれない。どんなに良いものでも使ってもらえなければ江戸切子が続いていかない。伝統文化として残していかないといけない部分、そして実情に合わせて変えていかないといけない部分。変わっていく部分。江戸切子という文化が長く続いて行く為に、その両方のバランスが必要だと痛切に感じた。

そういう意味でも堀口さんは「普段、普通に生きている、生活している“生活者”としての37歳の自分らしいものを作りたい。」と思ったそうだ。

その時その時の雰囲気を感じ、それをまた組込みながら成り立っていく。だから残っていける。

「時代に寄り添う伝統工芸でありたい。」という堀口さんの言葉がとても印象的だった。

使い手のために

細部まで確認しながら1つずつ丁寧に硝子は切られていく

堀口さんは“飾る切子”と“使う切子”は違うものとして捉えている。例えば江戸切子の食器を本当に使ってもらいたいと思うならば、どんな食べ物(飲み物)が入るのかということ、他の器と一緒に並べられることなどを考慮してデザインやサイズ感を選んでいく。使うことを考えると過度な装飾は削ぎ落とされ、比較的抑えめのシンプルなデザインになっていく。シンプルな分、普段の生活にも取り入れやすいし、アイデア次第で色々な用途で切子を楽しむこともできる。

普段の生活にも取り入れやすいシンプルデザイン

江戸切子は作る人にとっても、使う人にとっても本来自由なものなのだ。

堀口さんが刻む江戸切子が、使う人の生活に寄り添うものになってくれたら嬉しく思う。

(写真・テキスト/日本百貨店)


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